空気を読む必要なんて全く無い本当の理由

空気を読む必要なんて全く無い本当の理由

「空気を読まない」奴は良くないって自称空気を読める人が言ってらっしゃるけどそれって本当なんですかね?「空気を読まないとダメだ」って言ってて成功してる人僕一人も見たことないんですけど。

今回の記事では、「空気を読まない」行動の本当の価値と「空気を読む」行動の無意味さを書いて行こうと思います。今回の記事を読んで今後空気を読まないか読むを決めていってください。ま、僕は読まないけど。

巷に溢れる空気読解崇拝者たち

「空気を読め」この命令文は空気読解崇拝者達のよくいう言葉です。学校の先生とかもよく言いますね。彼らの共通項って何も成功していないところなんですが。

ところで、彼らの言う空気というのは何色なんでしょうか?険悪な空気はグレー?ロマンチックな空気はピンク?残念ながら僕には空気が見えません。
冗談は置いておいて、彼らの言う「空気を読め」という言葉の意味は、「周りの迷惑にならない行動をしろ。周りに合わせた行動をしろ」なんですよね本当は。

前半の「周りの迷惑にならない行動をしろ」という部分に関しては、確かに僕も同意します。図書館の中で電話している奴がいたらイラっときますから。あ、僕の大学の図書館のことなんですけどね。

でも、後半の「まわりに合わせた行動をしろ」に関しては全く同意しません。んなことをする必要なんかないから。

スポンサードリンク

「空気を読む」と「空気を読んだ行動をする」は違う

上に書いたように、周りに合わせた行動をする必要がない説明をする前に、「空気を読む」と「空気を読んだ行動をする」の違いを書いていきます。

「空気を読む」の意味

「空気を読む」という言葉は、実は、周りの雰囲気を察することまでしか意味を持っていないんですよね。つまりは、周りの状態を察して、次に取る行動を決める判断材料を揃えることまでしか、空気を読むだけではできないんですよ。

「空気を読んだ行動をする」の意味

一方、「空気を読んだ行動をする」の意味というのは、周りの雰囲気に合わせた行動をするという意味です。以下この記事では、「空気を読んだ行動をしない」=「空気を読まない」と、ところどころ表記します。

謎の空気読解崇拝者達は、「空気を読め」と言って、「空気を読んだ行動」まで求めているんですよね。というか空気読解崇拝者達は「空気を読んだ行動」をし続けて彼ら自身が空気と化しているんですが。

空気を読んだ行動をする必要がない理由

ここまで、「空気を読む」と「空気を読んだ行動」の説明をしてきましたが、「空気を読む」必要がない理由を書いていきます。

他人に迷惑をかけることはそうそうない

空気を読んだ行動をしないことで他人に迷惑をかけることなんてそうそうない。だから空気読んだ行動をする必要なんてないんです。

後でその例を書きます。

そもそもみんなしたくないことをする時に空気を読む必要が生まれる

そもそもなんですが、空気を読む必要がある時って、みんながしたくないことをしなくてはいけない時なんですよね。でも、みんなしたくないことなら僕もしたくないし、ていうかやる意義もないことでしょ。したくないこと空気読んでするくらいならお家で寝てたほうがいいよ。

僕の空気を読まなくても問題のなかった話

僕の昔のバイト先の塾で、授業後に講師が集まって「自主参加で」ミーティングをすることになったんですよ、無給で。あ、真面目な講師さんたち自主的に皆んな参加してらっしゃいました。勿論、「強制参加」の空気漂ってましたから。こんなことって、誰しも経験あると思うんですよ。バイトだったり、文化祭の準備だったり。今読んでる皆さんのその経験を当てはめて考えてください。

僕はミーティング不参加でとっとと帰宅してました。信長の野望しなくちゃいけないんで。無給のミーティングより島津抑えるほうが大事です。

でも僕は、このミーティング不参加で特に誰にも迷惑をかけてないと思います。だって、業務時間外の労働に責任を求めるほうがおかしいから、それで情報伝達できなくっても、社員の責任ですし。というか、一回だけ参加しましたけど、何も情報伝達できてませんでしたけどね。だから、ミーティング不参加の僕も特に何も問題起こしませんでした。

また、バイト講師たち皆んな「あのミーティング意味あるのかよ」って言ってました。みんなしたくないけどしなくてはいけない雰囲気だからしてるだけでした。いや、別に法的には契約された時間以外で働く義務とかないんだけど。なんで空気を読まずに帰らないのかわけわかんない。

で、この空気を読まずに「自主参加」のミーティングに参加せずに信長の野望しに帰ってたら、図らずとも講師たちの中での僕のキャラクターや立ち位置ができたんですよ。皆んなが思っているけれど行動に移せないことをしてくれる人という立ち位置が。だから最終的に僕が強制的にミーティング参加させられた時に、社員と喧嘩したら他の講師たちがミーティングしたくないという気持ちを爆発させてミーティングという社畜文化が消えたんですよね。

皆んながおかしいと思っていることを誰か一人が空気を読まずに拒否することで、全体の拒否につながる。そして社畜文化を潰すことができるようになるんですよ。給料なしで時間外に拘束される義務なんてないんですから。

空気を読んでいないような行動をすると、自分の立ち位置をはっきりさせることができる。そして空気を読んでいる人たちの本心を曝け出すことができるようになる。これが、空気を読まない行動の価値です。

空気を読まないと顔を覚えられる

空気を読まないと、他人に顔を覚えてもらえるようになります。

この前東大と京大の教授さんが僕の大学にいらして講義をしていただいたのですよ。うちの大学教員と院生しかいない完全アウェイ空間の中で学部生僕ともう一人だけで椅子に座ってました。

そんな中、講義の終わりの質問タイムで疑問に思ったこと訊いたのですよ。多分うちの教員らも学部生が何してるってドン引いてました。あ、空気を完全に読めたから質問の声震えました。でも、親身になって東大の教授さんに答えていただけました。

空気を読んだら普通は黙っておくべき場所でしたが、敢えて質問をしたことにより、一瞬でも顔を見てもらえたんですよね。空気を読まずに行動をしたら、それだけで良い意味で浮くことができる。すると、自分の存在を認識してもらえる。空気を読まないことで、空気から存在になることができる。またどっかでお会いしたときに声をかけやすくなるんですよね。

実はこの、人に覚えてもらえるようになることが、空気を読まない行動をすることの本当の価値なんですよね。

最後に:空気を読んで空気を読まない行動をしよう

空気を読んで空気を読まない行動をしていく。

僕は他人に興味がないし、他人から空気を読めないと見られてもどうでも良いです。一応読んだ結果読んでないかのような行動してるだけだし。敢えて空気を読んでいないのと空気を読めないのを見極められない人も残念だけど。

この記事を読んで「空気読まない人」が増えてくれたらなあと思います。まあ、空気読解崇拝者はどんな文読んでも空気読み続けて空気になり続けるんだろけど。

スポンサードリンク

人間分析カテゴリの最新記事